IKIGAI(生きがい)を求めて:アルフレッド・アドラー氏が示す自己受容への道
日々の業務や家庭での大きな責任を果たし、社会的な役割を幾重にも全うしてきた今、ふと立ち止まり「これからの人生の時間をより価値のあるものにしたい」「大切な人と共に、より有意義な時間を過ごしたい」という深い思いを抱くことはないでしょうか。物質的な豊かさや一定の地位を得た後、私たちは次に何を求めるべきなのか。その答えの1つが、日本に古くから根付く「生きがい(IKIGAI)」という概念にあります。
私はこれまで、国際的な場で数多くの経営者や投資家の方々と対話を重ね、人生の大きな意思決定の瞬間に幾度も立ち会ってきました。その中で強く感じるのは、豊かな知性と感性を兼ね備えた方々ほど、人生の次の成熟した段階において「自己の利益を超えた何か」を模索し始めるということです。利益の追求や事業の拡大といった指標だけでは計り知れない、心の奥底を満たすものを求めるようになるのです。
今回焦点を当てるのは、心理学の歴史において多大な功績を残したオーストリア出身の精神科医、アルフレッド・アドラー氏です。1870年に生まれ、1937年にこの世を去るまで、氏は人間の心の本質に真っ向から迫り続けました。氏は、人間の行動にはすべて「目的」があるとする「目的論」を提唱し、過去の出来事が現在の行動を決定づけるという考え方に真っ向から異を唱えたことで知られています。現在は独自の「個人心理学」の創始者として、その思想が世界中の人々に読まれ、教育やカウンセリングの分野で広く応用されています。
その歩みをたどると、単なる学問的な成功や名誉の獲得だけではなく、「なぜ人間を探求し続けるのか」「人間が幸せに生きるための条件とは何か」という根源的な問いに向き合い続けてきた重厚な人生が見えてきます。
アルフレッド・アドラー氏にとっての「ikigai」とは、単に精神的な病を治癒させることではなく、人が自らの足で立ち、他者と協力しながら生きていくための「勇気」を内側から引き出すことでした。氏がたどり着いた「共同体感覚」という思想は、人間は皆互いを支え合う仲間であるという価値観であり、100年以上の時を経た現代においても、私たちが人間関係の悩みから解放され、より自由に生きるための不変の指針として世界中から注目を集めています。
この記事では、アルフレッド・アドラー氏の
・医学の道を志したきっかけ
・ジークムント・フロイト氏との決別という大きな転機
・人間を見つめる深い仕事観
・氏にとっての生きがい
を通して、人生の意味について多角的に考えていきます。
この記事を読むことで、過去の出来事にとらわれることなく、今ここから新しい目的を見出し、自分自身の「いきがい」を深めていくための具体的な視点を得ることができるでしょう。「人間であるということは、劣等感を持つということである」という氏の名言が示すように、私たちが抱える悩みや不足感こそが、より良い未来へ向かうための最大の原動力となります。アルフレッド・アドラー氏の生涯を通して、これからの日々をより豊かにするヒントを探求していきましょう。
個人心理学の創始者:アルフレッド・アドラー氏の人物像と基本理念
アルフレッド・アドラー氏は、人間の心を分割できない1つの全体として捉える「個人心理学」の創始者であり、精神科医として数多くの人々の心に寄り添い続けた人物です。1870年にオーストリアのウィーン郊外で誕生し、その後はヨーロッパ全土やアメリカ合衆国へと活動の場を広げ、精力的に講演活動や執筆活動を展開しました。
氏の活動の根幹には、「人間の行動にはすべて目的がある」とする「目的論」の理念があります。当時の心理学界では、過去の出来事や無意識の衝動が人間の行動を決定づけるという考え方が主流でしたが、氏はこれに異論を唱えました。「人は何かの目的があり、今の状況を作り出している」と定義し、未来に向けて人間が自らを選択し行動する「自己決定性」を極めて高く評価したのです。
さらに、氏は「共同体感覚」という非常に重要な概念を提唱しました。これは、人間は孤立して生きることはできず、他者や社会に対する共感や貢献意欲を持ち、社会の一部として調和を目指すという本能的な感覚を指します。氏は、この共同体感覚を育成し、人々が互いを対等な仲間として認め合う社会の実現を目指すという確固たる理念のもとで、生涯にわたり活動を続けました。
命の尊さと向き合う:医学の道を志したきっかけ
アルフレッド・アドラー氏が医学の世界に足を踏み入れ、人間の心身を治療する道を選んだ背景には、幼少期の非常に過酷で悲痛な体験がありました。氏はオーストリアのウィーン郊外に7人兄弟の次男として生まれましたが、幼い頃から声帯のけいれんやくる病といった重い病気を患い、何度も生死の境をさまようほどの虚弱な体質でした。
決定的な出来事は、氏が3歳の時に訪れます。すぐ下の弟が、氏のベッドのすぐ隣で息を引き取るという痛ましい出来事を経験したのです。この弟との死別は、幼い氏の心に計り知れない衝撃を与えました。自分は生き残り、弟は命を落としてしまったという厳然たる事実は、人間の命がいかに脆く儚いものであるかという現実を容赦なく突きつけました。同時に、病や死という避けて通れない運命に対して、自分自身がいかに無力であるかを心の底から痛感した出来事でもありました。
しかし、氏はその深い悲しみと無力感にいつまでも沈み込むことはありませんでした。むしろ、病という強大な敵に打ち勝ち、人々の命を救う存在になりたいという強烈な目的意識を内側に抱くようになります。自分自身の身体的な弱さと、弟の死という悲劇的な経験が、「医師になる」という明確な目標へと変換されたのです。この幼少期の原体験こそが、後に世界的な精神科医となる氏の最も根源的なきっかけとなりました。
さらに、病弱であった氏は、健康な同年代の子どもたちのように外で元気に走り回って遊ぶことができず、強い劣等感を抱えていました。しかし、父親からの温かい励ましを受け、氏は少しずつ外の世界へと飛び出していく努力を重ねます。他の子どもたちと積極的に交流し、身体を動かす訓練を続けることで、徐々に健康を取り戻し、他者との関わり方を学んでいきました。
このように、病や死という抗えない現実に対する恐怖と、それを自らの力で克服したいという強い意志が結びつき、氏はウィーン大学の医学部へ進学することになります。当初は眼科医としてキャリアをスタートさせましたが、内科医を経て、最終的に人間の心という最も複雑で見えない領域を扱う精神医学へと専門を移していきました。人を救うという純粋な願いは、その後の長いキャリアを通じて一度も揺らぐことはありませんでした。
独自の思想への目覚め:ジークムント・フロイト氏との決別という転機
精神科医として豊富な臨床経験を積む中で、アルフレッド・アドラー氏は当時ウィーンで絶大な名声を博していたジークムント・フロイト氏の研究グループに参加することになります。1902年、フロイト氏の招きにより「水曜心理学協会」に加わった氏は、初期の精神分析運動において極めて重要な役割を果たしました。両者は互いに知的な刺激を与え合い、毎週のように深い議論を交わす密接な関係にありました。
しかし、研究を深め、人間の精神構造に関する議論を重ねれば重ねるほど、2人の間には決定的な思想の違いが浮き彫りになっていきます。最大の相違点は、人間の行動の理由をどこに求めるかという点にありました。フロイト氏は、人間の現在の悩みや行動は、過去の経験が原因となって引き起こされるとする「原因論」を強く主張していました。
これに対してアドラー氏は、人間は過去の出来事に押し流されるだけの受動的な存在ではないと考えました。人は過去の出来事に「どのような意味付けをするか」を自ら選び取り、未来の「目的」に向かって自らの行動を能動的に決定しているとする「目的論」を展開したのです。例えば、「過去に厳しい環境で育ったから、今は他者と関われない」と考えるのではなく、「他者と関わって傷つくことを避けるという『目的』があるから、過去の厳しい環境を理由として持ち出しているに過ぎない」と捉えます。
さらに、人間の関係性を上下の力関係で捉えようとする傾向に対しても、アドラー氏は強い違和感を抱いていました。アドラー氏は、人間はすべての人と対等な「ヨコの関係」にあるべきだと考えており、フロイト氏が「師」であり自分が「弟子」であるという上下関係に固定されることは、自らが最も大切にしている理念と完全に矛盾するものでした。また、エディプス・コンプレックスへの解釈の違いなど、学説上の対立も修復不可能なレベルに達していました。
これらの学説上の対立や方向性の相違から、1911年、アドラー氏はフロイト氏のグループから完全に離脱し、決別することを決断します。この決別は、当時の精神医学界において権力を持っていたフロイト氏に反旗を翻すことを意味し、非常に勇気のいる行動でした。しかし、この出来事をきっかけに氏は「自由精神分析研究会」を立ち上げ、翌1912年には独自の「個人心理学会」を創設するに至ります。過去に縛られず、人間の自由意志と未来への目的を重視するこの新しい心理学の誕生は、氏の人生における最大の転機となり、その後の圧倒的な思想的発展の確固たる基盤となりました。
思想の原点:コンプレックスと向き合った幼少期の体験
アルフレッド・アドラー氏の深い思想を語る上で欠かせないのが、彼自身の生い立ちと幼少期のエピソードです。7人兄弟の次男として生まれた氏は、常に優秀で健康な兄と比較される環境にありました。病弱であった自分と、活発な兄との間にある埋めがたい差は、幼い氏の心に複雑な感情を植え付けました。また、外国人の男性としては約150センチメートルという小柄な体格であったことも、会話するたびに相手に見下ろされる感覚をもたらし、多感な時期の氏にとって大きな劣等感の源となっていました。
さらに、母親との関係性も決して良好とは言えず、自分よりも下の兄弟に母親の関心が向くことに強い寂しさを感じていたと伝えられています。身体的なハンデキャップ、優秀な兄へのコンプレックス、そして親の愛情に対する飢餓感。これらは一般的な見方をすれば、心を閉ざす十分な理由になり得る過酷な条件です。
しかし、氏はこれらの不利な条件に屈することはありませんでした。むしろ、自分に足りないものをどのように補い、どうすれば他者と対等に関わることができるのかを深く思考し続けるようになりました。自身の身体的な弱さや、家族内での立ち位置への葛藤。こうした若い頃の個人的な痛みの体験が、「人間は誰しも劣等感を持っており、それを克服しようとする力が成長の最大の原動力になる」という独自の理論を生み出す極めて豊かな土壌となったのです。自らの劣等感をバネにして人生を切り拓いた経験そのものが、個人心理学の根幹をなす哲学へと昇華されていきました。

価値観を揺るがした歴史的惨禍:第1次世界大戦での経験
アルフレッド・アドラー氏の思想と価値観に最も決定的な影響を与えた出来事の1つが、46歳の時に軍医として従軍した第1次世界大戦での経験です。1916年、ウィーンの病院から戦地の野戦病院へと赴いた氏は、そこで兵器によって身体を深く傷つけられた兵士たちや、戦場の極限の恐怖から心を病んでしまった数多くの神経症の患者を目の当たりにしました。
人間同士が国家という巨大な枠組みの中で殺し合う凄惨な現実を前に、氏は大きな衝撃を受けました。「このまま近代化と競争が進んでいけば、世界はどえらいことになる」という強い危機感を抱いたのです。どんなに個人の心理を細かく分析し治療したとしても、社会全体に他者を仲間と見なす心がなければ、真の平和と精神的健康は決して訪れないという確信に至りました。
この戦地での極限の経験から、人間は互いに支え合う仲間であり、他者への信頼や貢献による「共同体感覚」こそが最も大切であるという思想が、氏の中で明確な形を持って形成されていきました。人と人が争い合うことを非建設的な選択だと捉え、「私とあなたはどうやったら仲良くできるか?」を徹底的に考え抜く過程で生まれたこの価値観は、その後の氏のあらゆる活動の土台となりました。
対等な関係がもたらす変化:治療を通じて得た仕事の歓び
アルフレッド・アドラー氏が精神科医としての仕事の中で最も深い歓びを感じていたのは、患者が自らの内なる力に気づき、社会とのつながりを力強く取り戻していく瞬間に立ち会うことでした。氏の治療スタイルは、当時の権威主義的な医学界においては非常に革新的なものでした。医師と患者という「教える側」と「教えられる側」の上下関係を完全に排除し、対等な「ヨコの関係」として同じ目線で徹底した対話を重ねることを実践していたのです。
氏の人間観と社会との接点を象徴する、非常に興味深いエピソードがあります。ある冬の非常に寒い夜、氏がふと目を覚ますと、自分の寝具の上にもう1枚、見知らぬ毛布が掛けられていることに気づきました。最初は妻が自分のために掛けてくれたのだと思いましたが、確認してみると妻が掛けたわけではありませんでした。実は氏の娘であるアレクサンドラ氏がそっと掛けたものだったのですが、氏は当初、これを誰か全く見知らぬ人の手によるものだと考えていました。
氏は後日、この体験を「時にあなたの知らない人の中に共同体感覚がある。それは隠れた共同体感覚だ」と語っています。見返りを求めることなく、寒そうにしている人がいればそっと毛布を掛ける。そうした他者への純粋な関心や気遣いこそが人間の本来のあり方であり、この共同体感覚は先天的に備わっているものだと氏は信じて疑いませんでした。
患者たちがカウンセリングを通じて自分自身の劣等感を受け入れ、他者を敵ではなく「仲間」として信頼できるようになること。そして、自己中心的な視点から抜け出し、社会の役に立とうとする「他者貢献」の意欲を持つようになること。氏はこの一連のプロセスを「勇気づけ」と呼びました。個人の心に勇気を灯し、それが結果として調和の取れた健全な社会を作り出すという確信は、氏の仕事における最大のモチベーションであり、社会にもたらした計り知れない影響力と価値の源泉でした。
学説の孤立と批判をどう乗り越えたのか:揺るぎない信念の貫徹
第一次世界大戦のさなか、アルフレッド・アドラー氏は「人と人は仲間であり、他者への信頼や貢献による共同体感覚こそが人間の幸せである」と説き、「汝の敵を愛せ」という思想を強く主張しました。しかし、国家同士が血で血を洗う凄惨な争いをしている当時の社会状況において、この平和的で利他的な主張は到底受け入れられるものではありませんでした。周囲からは非現実的な理想論に過ぎないと激しく冷笑され、学術的な場でも孤立を深めるという大変困難な時期を経験します。
しかし、氏はそこで自らの思想を曲げたり、批判を恐れて歩みを止めたりすることはありませんでした。大人たちの凝り固まった価値観や社会の風潮を変えることが難しいのであれば、未来の社会を担う子どもたちの教育からアプローチすべきだと考えたのです。氏はウィーンの公立学校に複数の児童相談所を設立し、教師や親に対して直接、子どもたちを権力で支配するのではなく「勇気づける」ことの重要性を説いて回るという実践的な行動に出ました。
この困難な時期を乗り越えたきっかけは、自らの理論が単なる「机上の空論」ではなく、実際の人々の生活や人間関係を劇的に改善する実用的な力を持っているという絶対的な自信でした。批判されることを恐れるどころか、むしろその状況を「自分の思想をより多くの一般の人々にわかりやすく伝えるための好機」と捉え直したのです。専門用語を極力排除し、誰もが日常生活で実践できる平易で力強い言葉で語り続けた氏の姿勢は、やがて国境を越え、多くのアメリカの知識人や一般市民からも熱狂的な支持を集めることになります。逆風の中でこそ、その行動と価値観は一層の輝きを増していきました。
共同体感覚の提唱:社会に届けた不変の価値とは
アルフレッド・アドラー氏が社会に届けた最大の価値は、「人間の幸福は、他者との比較や競争に勝つことではなく、共同体感覚を満たすことにある」という普遍的な真理を体系化し、広く世に提示したことです。他者を信頼し、自分ができることで貢献し、自らが社会の一部であると心から感じられる状態こそが、真の健康であると定義しました。
また、「課題の分離」という画期的な考え方を通じて、他者の感情や行動を無理にコントロールしようとする執着から人々を解放しました。自分の課題と他者の課題を明確に分け、自分にはどうしようもできない他者の課題には介入しないことで、不必要な人間関係の摩擦やストレスを防ぎ、互いの自己決定を尊重する成熟した社会のビジョンを描いたのです。
氏の使命は、一部の専門家や学者の間だけで議論される難解な心理学を、あらゆる人々が日々の生活で使える「実践的な知恵」へと昇華させることでした。ビジネスの世界において、名経営者と呼ばれる方々が「利他の精神」の重要性を説き続けるのも、この共同体感覚というビジョンと深く共鳴しているからです。氏が残した思想は、単なる医療の枠を超え、現代社会における人間関係の基盤として今なお絶大な価値を提供し続けています。
対人関係の悩みを手放す:生涯を貫いた仕事観
アルフレッド・アドラー氏の仕事観の根底には、「劣等感は決して病気ではなく、むしろ健康で健全な努力と成長の証である」という揺るぎない人間賛歌があります。私たち人間は、鋭い牙や素早く走る足を持たない身体的に「劣等」な生き物であるがゆえに、他者と協力し、環境に適応する知恵を発達させてきました。この生物学的な事実を心理学に応用し、劣等感があるからこそ人は向上心を持つことができると捉えたのです。
氏が晩年まで精力的にカウンセリングや講演を世界中で続けた理由は、金銭的な報酬や名声を得るためではありませんでした。自らの劣等感に苦しみ、他者との比較に疲れ果てている人々に、「今の状態からでも必ず目的を見直し、他者への貢献を通じて前を向くことができる」という希望を手渡すためでした。
仕事そのものが、氏自身の「共同体感覚」を体現する最高の場であり、他者の人生が好転していく過程に深い愛情を持って寄り添うことこそが、お金や地位には代えられない絶対的な意味を持っていたのです。自らの影響力を通じて、一人でも多くの人が対等な関係性を築けるようになること。それが、氏が情熱を燃やし続けた唯一無二の目的でした。
アルフレッド・アドラー氏の哲学:生きがい(IKIGAI)とは何か
アルフレッド・アドラー氏にとっての生きがい、すなわち「IKIGAI」とは、自己中心的な欲求を満たすことではなく、「他者への貢献を通じて、自分の存在価値を確信すること」に尽きます。氏の人生の強靭な指針となったのは、「健全な劣等感とは、他者との比較ではなく、『理想の自分』との比較から生まれるものである」という深い考え方です。
他人の華やかな業績や表面的な成功と自分を比べて落ち込むのではなく、自分が心に描く「ありたい姿」に向かって、今日できる最善を尽くし、一歩ずつ歩幅を進めること。そして、ありのままの自分を認め(自己受容)、周囲の他者を無条件に信頼し(他者信頼)、自己を犠牲にすることなく他者に貢献する(他者貢献)。
この3つの条件が完全に揃った時、人は心からの「いきがい」を感じ、深い幸福感に包まれると氏は説きました。自分一人の利益だけを考えてしまっては判断を間違ってしまうという考え方は、個人の生き方のみならず、会社や社会のあり方にも通じるものです。この「共同体感覚」を育む哲学は、変化の激しい現代を生きる私たちにとって、極めて実践的で温かい心の支えとなります。
個人心理学が目指した未来:すべての人が勇気を持てる社会へ
アルフレッド・アドラー氏が思い描いていた未来は、一部の力を持つ者が支配する社会ではなく、すべての人間が対等な立場で互いの違いを認め合い、協力し合う社会でした。家庭、学校、職場といったあらゆる小さな共同体が、競争や恐怖によってではなく、相互の尊敬と所属感によって運営される世界です。
氏は、より大きな集団の利益を優先して行動すれば、判断を間違うことはないと考えていました。目の前の小さな自己利益にとらわれるのではなく、家族のため、地域のため、そして社会全体にとって何が最善かを常に問い続けること。これは現代の企業経営や組織のあり方に対しても非常に重い示唆を与えています。
1人1人が自らの意志で行動の目的を選び直し、他者への関心を持つという挑戦が広がれば、社会は必ずより良い方向へ進んでいく。人間が直接的に影響を及ぼし、変化させることができるのは自分自身だけであるという事実を受け入れ、それぞれが自立して建設的な関係を築いていくこと。この自律と調和のビジョンこそが、氏が後世に残そうとした究極の挑戦であり、社会への願いでした。
自分の価値を見失いがちな方へ:生きがいが見つからない人へのメッセージ
これまでの人生を振り返り、時に自信を失ったり、生きがいが見つからずに立ち止まってしまったりしている方へ。アルフレッド・アドラー氏の思想は、優しくも力強い後押しをしてくれます。氏に関する名言に、このような言葉があります。
「あなたの人生がうまくいかないのは、過去の生い立ちや環境が原因ではありません。汗水流して働くことから逃げることが目的で、不安感を自ら作り出しているのです。つまり、自分で不幸になっているのです」。
この言葉は一見すると厳しく聞こえるかもしれません。しかし、その裏にあるのは「人は直接的に影響を及ぼし、変化させることができるのは自分自身だけである」という絶大な人間への信頼です。私たちは無意識のうちに、「あの時こうだったから」「自分には才能がないから」と、現状に留まるための理由を探してしまいがちです。しかし、氏が言うように、劣等感を持つこと自体は誰もが経験する自然な感情であり、大切なのは「それをどう使うか」なのです。
相手を変えようと期待するのではなく、自らの目的を見直し、ほんの少しの勇気を持って他者に貢献する行動を起こすこと。劣等感をプラスの力に変え、「なにくそ」とバネにして前進すること。その自発的な一歩が、あなただけの確かな生きがいへの扉を開いてくれるはずです。
アルフレッド・アドラー氏の軌跡から学ぶ:あなたの地球に何を残すか
アルフレッド・アドラー氏の生涯と独自の個人心理学の軌跡をたどることで、私たちの人生を豊かにする多くの知恵が見えてきました。過去の制約を乗り越え、他者と深く結びつきながら自らの目的を果たすという生き方は、年齢を重ねた私たちにこそ深く響くものがあります。
今回の内容を参考にした重要な視点を、以下の3つに集約します。
- 原因論を手放し、目的論で生きる:過去の経験を言い訳にするのではなく、「これからの人生で何を成し遂げたいのか」という未来の目的に焦点を当て、今の自分の行動を主体的に選択すること。
- 他者との健全な境界線を引く:自分にはコントロールできない相手の感情や行動(他者の課題)に踏み込むことをやめ、自分が変えられる自分自身の行動(自分の課題)のみにエネルギーを注ぐこと。
- 共同体感覚を日々の喜びに変える:自己の利益だけを追求するのではなく、周囲の他者を信頼できる仲間とみなし、自分なりの方法で社会に貢献しているという実感を持つこと。
これらの視点を日常に取り入れるための、今すぐにできる小さな行動の具体案をご提案します。それは、「1日の終わりに、今日自分が誰かの役に立てた小さな出来事を1つだけ書き出してみる」ということです。家族へのお礼の言葉でも、職場で同僚のさりげないサポートをしたことでも構いません。「私はこの共同体の役に立っている」という感覚を意識的に認識することで、幸福感は確実に高まっていきます。
最後に、話の流れに沿う氏の名言を1つご紹介します。
「自分には他者へ貢献する能力があり、自分は他者から必要とされる価値があるという感覚こそが、勇気である」。
生きがい(IKIGAI)とは、決して特別な才能を持つ人だけのものではありません。日々の生活の中で、周囲の人々と温かなヨコの関係を築き、自らの役割を淡々と全うしていく過程そのものに宿るものです。年齢を重ね、多くの経験を積んできた今だからこそ、無理をして誰かに認められようとするのではなく、自分らしいペースで社会と関わり続けることができるはずです。
アルフレッド・アドラー氏が提示した「共同体感覚」という概念は、私たちに深く力強い問いを投げかけています。私たちが日々行っている選択は、大切な誰かの心にどのような影響を与えるのでしょうか。
What will you leave on this planet?(あなたはこの地球に何を残しますか?)

【執筆:Mermaid nao(マーメイド・ナオ)】アーティスト / コラムニスト
アートを通じて命の可能性と美しさを引き出す活動を行う。国際カンファレンス「THE WING TOKYO2025」での登壇や老舗旅館「名月荘」での展示、Webメディア『プロフェッショナルの選択』掲載など実績多数。
【引用元・参考情報】
- 新聞科学研究所(子育て×アドラー心理学!「共同体感覚」を養うアドラー式子育て実践法)
- ときじく心理オフィス(アルフレッド・アドラー(1870-1937))
- working-hippie.com(アドラー心理学はコーチングに使える? 5つの前提理論をもとに解説!)
- EARTHSHIP CONSULTING(アドラー心理学の目的論・自己決定性について)
- note(3大心理学 フロイト・アドラー・ユングの生い立ちと特徴|楢 侑子)
- biz-shinri.com(アルフレッド・アドラーとは?彼の心理学と本、名言のすべて)
- note(【解説】アドラー心理学入門|江戸っ子)
- life-and-mind.com(アルフレッド・アドラーの人生|彼の心理学はなぜ今も支持されるのか)
- HRプロ(「アドラー心理学」とは? 基本的思想や5つの理論、職場に導入するメリットなどをわかりやすく解説)
- タレントマネジメントラボ(アドラー心理学はなぜ人気?5つの理論や活用シーンを解説)
- GOETHE(「優れていたい」が強すぎると病的になる。アドラー的、劣等感との付き合い方)
- ITmedia エグゼクティブ(劣等感をプラスに活用して、一瞬で自分を変える:ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術)
- 婦人公論(劣等感」をもつことは、健康で健全である証拠。「認められようと努力する」ことは、生まれた時から始まっていた 超訳 アドラーの言葉)
- ダイヤモンド・オンライン(劣等感があるのは「あなたが劣っているから」なのか? | アルフレッド・アドラー100の言葉)
- note(健全な劣等感とは、他者との比較ではなく、『理想の自分』との比較から生まれるものである。アルフレッド・アドラー|あべゆ)
- 毎日が発見ネット(今日、戦禍に巻き込まれて…哲学者・岸見一郎さん「他者に関心を持って生きる」ことについて)
- ダイヤモンド・オンライン(会社が不正をしていると知ってしまったとき、あなたはどうすべきなのか?)
- 経営力(経営に使えるアドラー心理学 〜「目的論」と「共同体感覚」)
- 労務管理センター(アドラー心理学の教え)
- タレントマネジメントラボ(アドラー心理学はなぜ人気?5つの理論や活用シーンを解説)
- coach-minoru.com(【アドラー心理学】『目的論』と『原因論』徹底比較10選と各論の活用法)
- 新聞科学研究所(子育て×アドラー心理学!「共同体感覚」を養うアドラー式子育て実践法)
- NHK出版デジタルマガジン(#3 フロイトとの出会い——岸見一郎さんが読む、アドラー 『人生の意味の心理学』)
- 毎日が発見ネット(今日、戦禍に巻き込まれて…哲学者・岸見一郎さん「他者に関心を持って生きる」ことについて)
- ITmedia エグゼクティブ(劣等感をプラスに活用して、一瞬で自分を変える:ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術)
- 読書メーター(『アルフレッド・アドラー 一瞬で自分が変わる100の言葉』)
